労組書記長(←元)社労士 ビール片手にうろうろと~

労組の仕事している勤務社労士がもしや誰かの役に立ってるんかな~と思いつつ飲んだくれて書いてるっす~(* ̄∀ ̄)ノ■☆

憲法が危機迫るから…美輪明宏さん


 ある日、夜遅くに帰ってきて何気なくテレビを点けたらエグザイルの番組。チャンネルを変えようかと思ったら、白いワイシャツで黒いスラックスをまとった黒髪の若い頃はさぞ美しかったのだろうってな男性がマイクの前に立っている。
誰?って思って訝しく見ていたら、美輪明宏さんだった。
だって、↑、こんなんしか知らんやん(;゜ロ゜)

 2012年の紅白歌合戦での「ヨイトマケの唄」なのだが、エグザイルの番組で唄ったこの歌の迫力はこのときの比ではない、心の底から感動した、叫びそうになった、涙が止まらなかった、聞き終わったあと真っ白になった…。
すごい、すごすぎる、ここまで歌で心がやられたことがない。

 美輪明宏さんの経歴を見てみたら、「10歳だった美輪は長崎への原爆投下時、長崎市本石灰町(爆心地から約4キロ)の自宅におり無事だったが、その後、近くの防空壕で待機した後に、6日後の終戦の日に爆心地近くにあった生母の実家へ祖父母を1人で探しに行き、惨状を目の当たりにする。1945年8月9日、雲一つない快晴の日、10歳の美輪は窓際で夏休みの宿題に御伽草子の万寿姫の絵を描いていた。できあがりを確かめるため、2、3歩後ろに下がった時、原爆がさく裂した。何千ものマグネシウムを焚いたような白い光だった。美輪は雷光かと思い、天気の良い日なのにと不思議に思う。が、直後には世界が息を止めたような静寂に包まれる。その直後に激しい爆発音が聞こえ、家がぐらぐら揺れて傾いた。お手伝いに促され2人で布団をかぶると空襲警報が鳴りだし、その後爆風で机の下に飛ばされていた兄を起こし3人で防空壕に向かうが、景色が一変していることを知る。隣接する劇場は天井が崩れ落ち、勤労奉仕の女子挺身隊の宿舎は形を残していなかった。」(wikipediaによる)

 彼は自らの原爆の体験からこのような歌を残している、「ふるさとの空の下で」。

 そして彼にはこのような反戦歌がある、「悪魔」

 彼は語る。
「無辜(むこ)の民衆が戦争に狩り出されるのではない。選挙民に重い責任があるのです。」